動く大地とはどういうことでしょうか。
ここでは、雨や川による侵食や、流されてきたものの堆積、
火山の隆起、溶岩の流出等、地形に変化を起こす活動のことではありません。
それは、
①根無し山(クリッペ)として知られるように、どこからか動いてきた地層
②堆積した地層は下が古いという法則がありながら、上の地層が古くなっている逆転した地層
③1,000kmに及ぶ断層(中央構造線)
等のことを指します。
どれをとってもどのようにして生じたのか、不思議なものばかりです。
動く大地とはどういうことでしょうか。
ここでは、雨や川による侵食や、流されてきたものの堆積、
火山の隆起、溶岩の流出等、地形に変化を起こす活動のことではありません。
それは、
①根無し山(クリッペ)として知られるように、どこからか動いてきた地層
②堆積した地層は下が古いという法則がありながら、上の地層が古くなっている逆転した地層
③1,000kmに及ぶ断層(中央構造線)
等のことを指します。
どれをとってもどのようにして生じたのか、不思議なものばかりです。
地球は46億年前にできました。
現在知られている最古の岩石鉱物は、オーストラリアで発見された44億年前のものです。
また、生命の起源は40億年前に遡ります。
約6億年前にはカンブリア爆発と呼ばれる、大量の生物種の突然の出現が起こりました。
このカンブリアと言うのは、地質時代を表す言葉です。
地球が誕生してから約6億年前までの時代は、先カンブリア代と呼ばれます。
その後、新しくなるにつれて、
古生代:6億年前~約2億4500万年前
中生代:2億4500年前~6500万年前
新生代:6500万年前~現代
と変わります。
それぞれの時代は、生育していた生物の違い等により、下のように、更に幾つかの時代に分けられます。
古生代:カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石炭紀、二畳紀(ペルム紀)
中生代:三畳紀、ジュラ紀、白亜紀
新生代:第三紀、第4紀
日本最古の地層は、茨城県日立市で2008年に発見された5億6千年前の火山岩です。
これは、地質時代では古生代のカンブリア紀になります。
次回は下仁田町の地層をみてみたいと思います。
下仁田町を代表する山に妙義山や荒船山、クリッペ等がありますが、それらの形は一風変わっています。
妙義山は日本三大奇勝の一つで、日本百景にも選定されています。
ローソク岩や大砲岩、石門など、特徴的な岩が多数見られます。
荒船山はそれとは逆に、山頂がなだらかで、船のようだと形容されています。
これは溶岩が流れてできた台地で、南北約2Km、東西約400mの幅があります。
また、クリッペもお椀を伏せたような形の山があります。
小沢岳では、西上州のマッターホルンとも言われるように、頂上が尖っています。
これらは全て大地の活動によるものであり、それぞれ特色ある地形を形成した理由もあるわけですが、
何れにせよ、一般に想像される山とは違う、様々な形の山が見られるのも下仁田町の魅力の一つと言えるでしょう。
中央構造線の北側に沿って帯状に分布する地層です。
主に変成岩や花こう岩からなり、恐竜が生存していた時代の後半にできました。
西南日本では広く分布していますが、近年埼玉県の比企丘陵等でも存在が確認されています。
下仁田町では、平滑花こう岩等がそれに該当すると考えられています。
平滑花こう岩は西牧川に小坂川が合流する地域でよく見られ、富岡市の南蛇井や神農原に連なる崖に続いています。
また、鍬柄岳の岩峰等もこの石でできています。
秩父帯は中央構造線や三波川変成帯に沿って、その南側に分布する地層です。
今から2億年~3億年前、恐竜が出現する以前から恐竜が繁栄していた時代にかけて、海の底で堆積しました。
不思議なもので、この地層は砂岩、泥岩(頁岩)、チャート、石灰岩からなるのですが、それぞれの石から出る化石が示す年代は異なり、1億年程の幅があります。
詳しいことは省きますが、このように同じ地層の中でこれ程大きな時代的な差がでるのは、海底(プレート)が動いてきたためと考えられています。
そして、この考え方は日本列島の誕生を解き明かすものとなりました。
秩父帯は日本列島の土台になる地層であると共に、日本列島の形成過程を証明する大切な地層ともなっているのです。
秩父帯は下仁田町の南部(クリッペの南側)で広く見られます。
日本列島は地球上に魚類が誕生した頃、現在の北陸北部、岐阜県飛騨地方、山陰北部等は大陸の端にあり、大陸から運ばれてきた砂や泥が堆積していました。
そこに、海洋プレートに堆積した岩石が移動してきて、それらが海溝で潜り込むときに大陸のプレートに押し付けらる現象(付加)が断続的に起き、日本列島の基盤が形成されたと言われています。
日本の地質の8割がこのようにしてできたようです。
日本列島を形成する代表的な地質として、秩父帯、四万十帯、三波川変成帯、領家変成帯、三郡変成帯、飛騨変成帯等があげられます。
これらの地質は中央構造線に沿って、幅を持ちながら、主に帯状に(平行に)分布しているため、一つの地域で見られる地質は限られるのですが、下仁田町は、三波川変成帯(青岩)、秩父帯、領家変成帯(平滑花こう岩他)等が見られます。一つの町でこれだけの地質が見られることは、貴重と言えるでしょう。
日本列島を形成している大地には、たくさんの地質が含まれます。
例えば、浅間山や赤城山が噴火してできた地層は、その火山周辺の大地にとっては重要な要素となっています。しかし、火山灰の届かない遠く離れた地域では、その地層はなく、他の地層が見られます。
また、仮に東京湾が隆起して陸地になっても、それは東京湾の地域に限定された地質となります。
このように、日本列島は各地域で様々な地質が重なり合って大地を形成しているのですが、その中で、日本列島の形成に大きく関与した地質というものがあります。その地層が下仁田町に分布しているのです。そして、これを調べていくことで、日本列島がどのようにしてできたかが解明されていくのです。
1階の売り場では様々な岩石や地層を見てきましたが、その他に中小坂鉄山の鉱山跡や、化石、鉱物等もあります。
中小坂鉄山は日本で最初の西洋式近代的高炉で、その意義や価値、魅力等については中小坂鉄山研究会が中心となり、様々な角度から研究されています。
化石については、貝化石がこれだけ沢山見られる地域は珍しいとされている場所がある他、石灰岩からはウミユリの化石が発見されたり、前述の通り、アンモナイトや二枚貝の化石も見つかっています。
鉱物では、ペリドット、ガーネット(ザクロ石)、ヒスイ等があります。
さて、ここで1階をもう一度整理しますと、次のようになると思います。
・砂や土等が堆積した石、マグマからできた石、地下深いところで圧力や温度により変質した石等、様々な石が見られる
・恐竜が誕生する前に堆積した地層から、人類が誕生した後に堆積した地層まで幅広い年代の地層が見られる
・中小坂鉄山や化石、鉱物等が見られる
と言うことで、次回は2階に行って見たいと思います。
2階は下仁田町で見られる、日本列島の形成に大きく関与した地質についてです。
下仁田町のある牧場跡地には、60万年前からの火山灰(関東ローム)が積もっています。
火山灰は主に浅間山や八ヶ岳を起源としていますが、立山や御岳、山陰地方の大山、そして遠いところでは、鹿児島湾(錦江湾)北部で大噴火した姶良火山のものも見られます。
いくら火山灰が風に乗って飛ばされてきたとはいえ、その噴火の大きさには驚かされます。
また、火山灰は雨等により流亡しやすいのですが、それがほぼ連続的に堆積し、一つの場所で60万年もの火山灰が見られるのは魅力です。
また、この場所では岩宿遺跡と同じ頃(3万年前、旧石器時代)の石器や、縄文時代前期(7~6千年前)の石器も見つかりました。貴重な遺跡です。
なお、火山灰が積もったのは、新生代第四紀で、別名、人類の時代とも言われています。
古い原人の発見と共にその時代区分が遡り、近年では約260万年前から現在までとされています。
氷河期やマンモスの絶滅もこの時代に含まれます。